歌と小人 

 遺物その2。村上春樹氏のパクリだともっぱらの評判。並べるのもおごがましいレベル。



 夜の帰り道、田舎のあぜ道。あたりは薄暗い。めまいがしそうなほど広い田んぼのなか、月が、りんごのように丸い月が、わたしを蒼く照らす。酔ってしまいそうなほど幻想的で、妙に心が弾む。それでいてなんだか寂しい。心にもやがかかっている。自分の気持ちがよくわからない。
「そこのお嬢ちゃん」
 暗がりから、緑のこびとがとびだしてきた。頭のてっぺんが、わたしの腰までしかない。
「歌いたいのかい?」
 わたしが口を開く前に、こびとはたずねてきた。いや、たずねるというには自信に満ちたような、そう、念を押すというような行為に近い。こびとはことばを続ける。
「歌いたいんだろう? 言わなくともわかるさ。君は歌いたがっている。ぼくは緑のこびとだからね。それくらいお見通しなんだよ」
 ゴウゴウとした急流のような早口でそれだけ言った。それからゆったりとした、見たことのない踊りをはじめた。両手で大きく円を描くのが特徴的で、見ているうちに、空で浮かんでいるかのような感覚が胸の辺りで膨らんできた。それと一緒に、むずかゆい欲求も。わたしは何を求めているのだ?
 ……そうなのかもしれない。こびとの言う通り、歌いたいのかもしれない。いや、歌いたいのだ。
「ねぇ、この踊りはなんていうの?」
「月の踊り。さぁ、きみもはやく歌いなよ。歌詞がわからなくても、メロディを知らなくても。思いつくまま気のむくままにさ。どうせ誰も見ちゃいないんだ」
 こびとにせかされるまま、歌おうとした。けれども、なにを歌えばいいのかわからない。一番好きな曲にしようか。カラオケで上手に歌える曲にしようか。なかなか決められない。なんというもどかしさ。心の奥底では、歌を求めて、何かが、私自身が、荒れ狂っている。たとえようもない。背中がザワザワする。
 けっきょく、ちょうどいいものがなにも浮かばないので、思いつくままを歌うことにした。わたしの無意識、わたし自身を歌うことにした。
 大きく息を吸う。何も考えずに、頭の中をふっと横切っていくメロディを鼻歌でアカペラしてみた。最初はスローな出だし。感情を抑えるように。固く、固く、じっくりと……。さぁ、前奏は終わった! 喉を震わして、ことばを使って歌おう。 先の歌詞なんて考えないでいい。前後のつながりなんて気にしないでいい。一言一言、一文字一文字を大切にして歌うのだ。あぁ、いい気持ちだ! からだの中からもやもやが抜けていく。
「嬢ちゃん。なかなかいいじゃねぇか」
 抜けていくもやもやの変わりに、不思議な感覚が、心臓を中心にして全身に広がっていく。身体が、空間に溶け込んでいっているのだった。存在が消えていっているのだった。それでも恐怖は無い。消えていく身体に反比例して、歌が高く澄んでいくのがわかる。もっと。もっと冴え渡るがいい! あのすまし顔の月に届くくらいに高く、ズタズタに切り裂いてやれるくらいに鋭く!
 だんだんとテンポが上がってきた。疾走感が、歌の中を、踊りの中を突っ切っていく。
 歌か、踊りか。先に転調したのはどちらだったろう。同時なのかもしれない。歌とこびとは同調し始めているのだ。
「歌とこびと」? そうだ。わたしはもうここにはいない。いまここに在るのは、わたしの歌とこびとの踊りだけなのだ。それだけなのだ。
 もう、月はわたしを照らしていない。わたしは薄墨色の歌になった。
 蒼く明るい満月の夜。わたしはこびとと共に世界を祝福する。わたし自身の旋律となり、こびとの踊りの周りを舞う。もっと高く透きとおっていこう。もっと鋭くなっていこう。みなを、全てを、ズタズタになるまで祝福してやろう!
 月が、りんごのようにまるい月が、冷たく地上を照らしている。

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