空萌え。 

三語:「ジャパニメーション」「姉萌え」「親子丼」「鴉」

大晦日の今日も今日とて三語。来年は大学生です! やふー! そのまえに受験です! やふー! こんなん書いてる暇あったのか! やふー!

……がんばります!!


 はばたく鴉の背に乗って親子丼を食べていた。鴉は半分鳥類で出来ていたので、それがいたく気に入らなかったようだ。
「それ以上俺の背中でそのくだらねえ反吐みたいなもん食い散らかすんなら、おもわず宙返りしちまうまえにとっとと降りてくんねえかな」
「けれどね、きみ。ぼくは食べ物を食べないと飢えて死んでしまうのですよ。そしてこの親子丼は四日ぶりにありついた食べ物なのです。いくらきみの気に入らないからといって、捨てることなんて出来やしないね」
「ごたくはいいんだよ。捨てるのか、それともその反吐抱いたままどこまでも落ちていくのか、ふたつにひとつだ。選びな」
「やれやれ」
 ぼくは昨日まで読んでいた村上春樹氏の書く主人公の口まねをしながら、ぽい、と親子丼を投げ捨てた。そうして、どんぶりが米粒と鶏肉と卵とを吐き散らかしながら(それこそ反吐のように!)虚空を落下していくのをじっと見つめていた。
「へ、ざまみろってんだ」
 鴉は言った。
「やれやれ」

        ○

 地球上から大地が消えた、と言われはじめて何年たったのかは知らないが、確かにぼくは土というものを見たことがない。それどころか、森だとか、海だとか、そういったものも見たことがない。それらはすべて書物から得た知識だった。そういう「知っているだけの知識」のようなものは他にもいくつもあって、たとえば昨日まで読んでいた村上春樹氏が住んでいた日本に関して言えば、萌え(これはどうも好意をあらわす言葉らしい)、ジャパニメーション(ものすごい言語センスだ、とぼくは思う)、フジヤマ(とても大きいらしい)、ハラキリ(とても痛いらしい)、ゲイシャガール(とても可愛いらしい)、しじみ七十匹分の味噌汁(しじみとはなんなのだろう)、等々、それはもう多岐にわたるものがあるのだった。これらすべては、今ではもう完全に失われてしまって、ぼくみたいに暇な人間がときおりふっと思い返すくらいの意味合いしかもっていない。それはとてもとても悲しいことだと思った。けれども仕方のないことだった。仕方のない、という響きはあまり好きなのではないのだけれど、仕方のないものは仕方のないのだった。

        ○

「しかしね、きみ。捨てたのはいいが、依然としてぼくが餓死寸前だという事実にかわりはないのだ」
「……じゃあ俺の羽、そこらへんにあるやつ二、三本ちぎっていいから、それを食えよ」
「気持ちはありがたいが……食えるのかい?」
「さあ?」
「やれやれ」
 鴉の羽は全長で三メートルほどある。これを全部食べることができたら、それはきっと素晴らしいことなのだろう、と思った。さっそく目の前に生えている羽をひとつ掴んで、おそるおそる引っ張ってみた。が、根が深くまではっているようでなかなか抜けない。両手でつかみ、全身の力をこめると、ようやくずぶずぶ動き始めて、やがて唐突にとっかかりが消えたようにするんと抜けて、ぼくは後方三十メートルほどにまで吹っ飛んでしまった。この三十メートルのうち、二十八メートル分は風のせいだ。ぼくは世界の果てで風を作り出しているという巨大な天狗の姿を思い浮かべた。せめて空想の中で一発殴ってやろうと思ったのだが、あまりに背たけが違いすぎてできなかった。天狗は鴉よりも大きかったのだ。
 羽は、食べるとほのかに甘く、そしてわずかに辛みがきいて、なおかつどこか酸っぱく、そして非常に苦いのだった。それは空をゆうゆうと泳ぐ鯨のように勇壮な味だった。
「うん、美味いよ」
「そうかい。そりゃよかった」
 ぼくは一本あっというまに食べてしまって、おまけにもう一本そっくり腹におさめてしまった。
「ちょっと食い過ぎたかな」
「なに、かまいやしないさ。どうせたくさんあるんだ」
「鴉萌え」
 ぼくは鴉の好意に感謝しながら、満腹感とともにおとずれる気怠い眠気を楽しんでいた。そしてある種の心地よさを枕にして、やがて深い眠りに落ちていった。

        ○

 目覚めるとそこは夕暮れだった。その赤色はどこまでも深く、強烈な色彩でぼくのこころを昂ぶらせるのだった。
「よう、起きたかい」
「起きたよ」
「んじゃあ、尾羽のほうに来てみろ。珍しい人がいるぜ」
 なんだろう、と不思議に思いながら尾羽へと向かった。ここ数十年来客などというのはなく、ぼくはこのまま鴉とともに笑い、ともに泣き、そしてともに死んでいくのだ、とそう信じ込んでいた。が、どうやら違ったらしい。
 尾羽へとつくと、視界いっぱいの赤い太陽を背景に人影がひとつぽつんと立っていた。
「誰だい?」
 人影にたずねた。
「わたしです。姉さんです」
 それは姉さんだった。腰まで伸びた長い髪、釣り目がちな青い目、肉感的なくちびる。それはたしかに姉さんだった。
「けれど姉さん、あなたは火星に移住したのではなかったのですか?」
「移住しました。むこうは大地もあって、親子丼も食べれて、空気はないけれどとてもいいところですよ。わたしはあなたを連れ出しにきたのです。つまり、一緒に火星で暮らさないか? ということです」
 姉の背後にはおおきな(ただし鴉ほどではない)宇宙船があって、それに乗れば火星になど楽々ついてしまいそうな気がした。火星にさえ住むことが出来れば、ぼくは毎日親子丼を食べることができるし、鴉ではない普通の人間と普通に会話することができるのだった。もしかしたフジヤマだって見ることができるかもしれない。いったい鴉と比べてどちらが大きいのだろう。それはとても興味のあることがらだった。
「けれど、ごめんなさい、姉さん。ぼくはまだ天狗の野郎を殴っていないのです。そういうわけでまだ火星には行けないのです」
「あら、残念だわ。でもいいの。あなたがそう考えるなら、そうするといいわ」
「ごめんさい」
「何度も謝らないの。じゃ、わたしはもう帰るわ。風も強いし、夜も近いしね。でも心はいつもあなたの隣にいるから。それだけは忘れないで頂戴ね」
「覚えておきます」
「いい子ね。愛してるわよ」
 姉さんは額にキスをして、宇宙船に乗り込んでいった。それが火星へと飛んでいくのをぼくはじっと見つめていた。ぎらぎら輝いてとても立派な宇宙船だった。あれをチャーターするのに一体いくらかかったのだろう。きっと莫大な資産が必要なはずだった。
 ごめんなさい、姉さん。ぼくはもう一度謝った。すると、キスされた部分が甘く香ったような気がした。首をふった。姉萌え。ぼくは謝るかわりに精一杯の好意をむねにいだいた。それは宇宙だった。その時、ぼくは世界は萌えでできているのだと悟った。姉萌え。これから一生になんどこの言葉を用いるのだろう。記録しておく必要がある、とぼくは思った。たとえいつか忘れられてしまうのだとしても、きちんと書き留めておくべきなのだ。いずれ商人からペンと紙とを買わなければならないな、と思った。

        ○

「あれでよかったのかい?」
 背中にまで戻ると、鴉が聞いてきた。
「ここにいたらずっと親子丼は食べられないままだぜ」
「やれやれ」
 ぼくは首をふった。
「べつにいいさ。きみの羽のほうがずっとずっと美味いんだ」
 空はいっぱいの夕焼けだった。この世すべてをつつみこんで、真っ赤な愛情で燃えさかっていた。ぼくは鴉とともにいつまでもその赤色を眺めていた。空萌え。

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