ツンデレな彼女とロリコンな僕 

▲お題:「春の嵐」「やさしいルール」「ロリコンは死ね」
▲縛り:「(登場人物が)何かに侵されている(任意)」「物を破壊するシーンを入れる」
▲任意お題:「眼帯小僧」「心音」「輝くペットボトル」「包装用の新聞紙」「つるの一声」

 三語。時間は飛んで高三の春。あまり進歩していないのは気のせいではない。
 怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが長く都市を覗くならば、都市もまた等しくおまえを見返すのだ。

        ○

 その娼館に入ったのはほんの気まぐれだった。
 もちろん、僕を取り巻く数多の厄介な事象――例えば会社をクビになったことや、それが原因で佳奈と別れたことや、街行く人々の肩みたいな曲線を描いて落ち込んでいく景気のことや、ハローワークにろくな求人のないこと、ついでに今朝ぶつけた小指がまだ痛むこと――が多少なりとも関係しているのは事実であろう。ただ、今だけはそんな些事に悩まされたくない。それら末事のことは微塵たりとも考えたくない。
 だから。きっと娼館に入ったのはただの気まぐれなのだ。

        ○

「お兄さん、初めて見る顔だあ」
 と、いかにも子供らしい口調で語りかけてくるのは、見たところ十二、三歳の少女だ。ノースリーブの白いワンピースをふわふわと纏って、ミルクのような匂いを漂わせる彼女の名はキャロルと言った。
「まさか本当にこんな幼い子が娼婦をしているとは思わなかったよ」
 受付で娼婦達の一覧を見せられたときには驚いた。全員一様に幼いのだ。薄化粧の少女達が一斉に微笑みかけてくる様子は、まるで小学校の卒業アルバムのようだった。僕はその中から佳奈に一番似ていない少女を選んだ。それがキャロルだった。
 僕らはベッドの縁に隣り合って座っている。媚びを売るようにしなだれかかり、上目遣いで僕を見上げる、洗練された少女の動き。スカートから覗く細いもも。照明のもとにさらされる産毛の生えた脇。衣装に劣らず白い肌と対照的な、濡れ羽色の短くまとめられた髪。
「もうっ。せめて若いって言ってよ」
 少女は不満げに口を尖らせると、ベッドを飛び降りてくるりと僕の正面に回り、飛びかかるようにして抱きついてきた。彼女の小さな手一つ分の距離で向き合う顔。熱く湿った吐息。背中に回される細い腕。膝の上にかかる体重は羽のように軽い。
「ねえ、こどもは嫌い?」
 傾げた首は茎のように頼りないが、鎖骨は巨木の根のごとく逞しい。またたく瞳は黒目がちで、まつげは太く、長く、ぴんと屹立している。頬がうっすら赤いのは化粧のせいか、それとも生まれつきのものなのか。
「あまねく全てのロリコンは死ねばいい」
 少女はくすり、と無邪気に笑う。ぷっくりと小振りな唇には、ピンクのルージュが薄くひかれている。
「ロリータ。ロ・リー・タ。ロ。リー。タ」
 歌うように呟く少女。見せつけるように大きく開かれた口腔。桜色に濡れる舌が踊るようにステップを踏む。目つきがどきりとするほど妖艶で。
「なら、お兄さんも死ななくちゃね」
「ところがね。僕はロリータよりもアリスの方が好きなんだ」
「残念。一緒に死んであげようと思ったのに」
 彼女はいたずらっぽく笑うと、宙飛ぶ小鳥のように軽やかな仕草で接吻してきた。唇と唇が触れるだけのキス。彼女の残り香よりも印象の薄い感触。
「でも、私もアリスの方が好き。ロリータはわがまますぎるもん」
 つんと尖らせた口吻に、今度は僕の方から口づけする。豹のようにしなやかな身体を抱き寄せると、子猫みたいな体温を感じた。舌先が触れあう。ミルクのような匂いがいよいよ濃厚になって僕の五臓を満たす。服越しに胸をさわる。薄い脂肪の柔らかさと、ごつごつとした肋骨の硬さを感じる。乳首のあたりを引っ掻く。腰が跳ねる。漏れ出した鼻息が頬にあたって弾ける。絡まる唾液が音をたてる。下腹部が熱くなる。

        ○

 事後のけだるさは都市のはらむ倦怠感に似ている。両者とも、けだるさと同時に全身を満たす充足感をも我々に与えるのである。しかしそれは甘美な毒だ。絶えずこちらに獰猛な視線を向け続ける巨大で壮麗な怪物だ。
 性交は生命を創り、生命は都市を造る。生きることとはかかる倦怠との戦いである。飢え渇かねば。さもなくば。
「ねえ」
 腹の上に座る少女が囁く。僕を見つめるその澄んだ黒い瞳は、路地裏に巣くう闇を思わせる。生命の予期せぬ隙間。アキレス健。
「これからさ、一緒にどこかいかない? わたしももうお仕事終わるんだ。なにかご飯でも食べようよ」
「いいよ。けどお金はあまりないんだ。簡単なものでいいかな?」
「いくら持ってるの?」
「ここに払う代金を抜けば、きっかり三千円」
 僕が言うと、キャロルはあっけにとられたような顔をした。
「たったそれだけ? ストッキングも買えないじゃん」
「馬鹿言うな。ストッキングくらいは買えるよ」
 僕の反論を、しかし彼女は無視して。
「お仕事はなにしてるの?」
「昔は結構有名な会社につとめてた」
「じゃあ、今は?」
「今は無職だ」
 ため息が聞こえた。キャロルの発したものだった。いかにも世俗にもまれ疲れた人がつくような、妙にかすれたため息だった。そこには幼さも無邪気さも残されていない。
「……あんたみたいな馬鹿はじめて見たよ」
 そう呟く顔にはわずかに笑みが浮かんでいる。それは嘲笑なのか、憐れみからくるものなのか、もしくは意味のない愛想笑いなのか。僕には判断できなかった。
「ならさ、お兄さん」
 少女は何事もなかったかのように、正三角形の見事さで幼さの仮面をかぶる。曖昧で不器用な笑みから一転、にこりと蕩ける媚笑を浮かべると、僕の頬に頭頂部を押しつけてくる。風にひらめく絹布のように柔らかい髪の毛が、鼻先をくすぐる。
「わたしの家に来なよ。多分お兄さんよりもお金持ってるしさ。ご馳走してあげる。遠慮なんてしないでいいよ?」
「やけに誘ってくるんだね。もしかして僕に惚れたのかな? それとも寂しいだけ?」
「両方っ」
 そう言って、右頬にキスをしてきたキャロル。裸の少女。に、脱ぎ捨てられたワンピース。を着せる。キャロルは僕から離れ、ふわりと床に降り立つ。と、その場でくるりと一回転。ふわりとターンする。花弁のようにひらめく裾。雄しべを思わせる細いももが露わになる。絶妙な角度で、その上は見えない。見せてくれない。
「それじゃ、行こうか」
「えー、まだシャワーも浴びてないよ?」
「それはそうだけども」
 大袈裟な身振りで時計に目をやると、彼女もその意図に気付いたらしい。
「ああ、延長料金なったら大変だもんね」
「そういうこと」
「いいよ。わたしの家で浴びよ。一緒に」
「一緒に?」
「一緒に」
「いいね」
 僕らはドアを開ける。娼館を出て、都市に入る。
 空は晴れていた。雲一つ無い夜空の中心で、満月が儚く微光を発していたが、ネオンの極彩色の前には圧倒的に無力だった。
 血管のように張り巡らされた道を二人歩く。アスファルトの感触を踏みしめながら、僕らはひたすらに無言だ。まだ十二時を回ったばかりで、夜盛りの街は活気に満ちている。胸をかきむしるような夜風に吹かれ、アルコールと反吐の臭いが鼻腔をくすぐる。そして、それらとは別に漂う強烈な匂い。人の匂い。嫌な匂い。
 少女が僕の手を握る。僕も少女の手を握る。触れあったところだけが暖かくなる。たったそれだけ。雑踏のざわめきで、君の心音も聞こえない。

        ○

 彼女の家は町外れにあった。人気の無い、暗く淀んだ世界。都市の癌。その中でも一番みすぼらしいビルディングの最上階が彼女の住み処だった。一人で暮らすには広い。二人で暮らすには狭い。そんな場所だ。僕らは一緒にシャワーを浴びて、汗と精液と、その他雑多な何かを洗い流した。
「これ、飲む?」
 ベッド以外何も置かれてない部屋の中央。僕は床に座る。彼女は僕の膝の上に座る。その手には瓶ビールが一本、二本、三本。僕は頷いて、その中で一番汗をかいていないものを受け取る。ここにはコップすらないので必然的にラッパ飲みになる。瓶のままで乾杯すると、低くて鈍い音が響いた。
 キャロルは見た目のわりによく飲む。よく飲むわりにすぐ酔う。目をとろんと垂れさせて、先程見せたあの不器用な笑みを浮かべて、虚空を向いて蝋人形のように固まっている。
「……大丈夫かい?」
 あまりに動かないので声をかけてみると、彼女ははっと意識をさましたように跳ね起きて、真剣な顔で言うのだった。
「わたしね、ビルになるの」
「ほう、ビルに?」
「そうよ。ルーみたいにね。わたしも、ビルに、なるの。なって、穏やかに暮らすの。暮らすのよ。ねえ、いいでしょう?」
 僕の返事も待たずに、彼女は続ける。
「ルーはね、私たちのところにいた娘なの。私よりもちょっと年上でね。ルールーって呼ばれてた。やさしいルールー。かわいいいルールー。あの娘ね、お店での人気もあったし、友達もたくさんいたの。頭も良かった。いろんなこと話してくれたよ。文学のこととか。詩のこととか。その中でもアリスの話が一番好きだったな。わたしたち、一緒に住んでたからね。よく、一晩かけて朗読してもらったわ。お話の中でアリスが目覚めるのと一緒に眠るの。それでね、起きたら夢の内容を教えあうのよ。毎日いろんな夢を見たの。アリスみたいに素敵な冒険譚になることもあったし、ただ残酷なだけの痛々しい物語になることもあったし。……昔の嫌な記憶を思い返しちゃうようなものだってあったけど。それでね。それである日ね」

        ○

「ビルになる夢を見たよ」
 ある日、ルーは確かにそう言ったの。今まで男の子や大きな犬になる夢は何度か見たことあるけど、ビルになる夢なんて見たこと無かったから珍しくてね。どんな気分だった? って聞いたら、
「わかんない。なんも考えられなかったもん。脳がないせいかな。ただね、すごい気持ちよかったよ」
「……えっち」
「違うよ。そんなんじゃなくってー」
「じゃ、おクスリみたいな感じ?」
「そういうのでもなくてー。なんていうかね、こう、ほわほわーっとしたもんに満たされてるっていうか。ハッパとも違うんだよね」
「ハッパ?」
「ああ、キャロはまだエスしかやったことないんだっけ?」
 結局その日はお客さんからもらうおクスリの話になって、ビルのことなんて忘れちゃったんだけどね。でも次の日、またビルの夢を見たなんて言うから不思議だねっていう話になって。
「ビル……ビル……、ビルの夢。フロイトならきっと抑圧された性衝動のあらわれ、とか言うんでしょうね。ばかみたいっ」
「よくあつされたせーしょーどー」
「キャロはそういう話題にすぐ食いつくねえ。すきものだねえ」
「違いますっ。わたしは淑女ですっ」
「それはおそらく気のせいですっ」
 ルーはそう一蹴してね、そしたら何かに気付いたみたいに、笑っていたのを真面目な顔にすうっと戻してね。
「どうしたの?」
「そういえば夢の中でビルになってる時ね、周りの景色がここら辺に似ているような気がしてさ。ちょうど私の家だけがビルになっちゃった具合でさ。……もしかしたらいつか本当にビルになっちゃうのかもね」
「そんなわけないでしょ。もうっ。怖いこといわないでよ」
 けれど本当に怖かったのは、その時のルーの表情。とっても、とても嬉しそうな笑みを浮かべていたの。まるでビルになることを夢見ているかのような。
 次の日も、また次の日も、そのまた次の日も、ルーはビルの夢を見た。その話をするたびに浮かべるあの表情っ。
「もう、やめてよ!」
「え? なにが?」
 わたしが怒鳴ったとたんに、彼女の顔は困惑に歪んだ。それで私はもっと困らせてやろうと思ったのよ。少しでもあんな嫌な顔のルーを見ないようにね。
「その嬉しそうな顔っ。そんなにビルになりたいなら、なっちゃえばいいよっ。ばかっ。きらいっ」
 それで私はお布団の中に潜り込んだの。ルーが何言っても無視してやったわ。
 あのね、わたしは悲しかったの。そう。それだけ。それだけなの。だから。だからね。ルーが「本当に嫌いになったの?」って聞いてきて「そうだよ」って答えたときはあべこべにこっちが悲しくなってきてね。「やっぱり嘘っ」って飛び起きた時には、もうすでにルーはビルになってたよ。私は彼女の中に居たの。低かったはずの窓からの景色が、今までと全然違うものになってた。

        ○

「ねえお兄さん、この話を信じる?」
「もちろん。言ったろ? 僕もアリスは好きなんだ。こういう不思議な話に対する偏見なんてないよ」
「へえ」
 いかにも意外そうな視線で僕を見ると、
「最近ね、わたしもビルになる夢を見るの。ここの隣の隣が空き地でね、そこでビルになってじっとしてるの。すごく気持ちいいのよ。でも何も考えられないの。このビルのことも。ルーのことも」
 そう語る彼女の顔は、とても嬉しそうな笑みを浮かべていた。まるでビルになることを夢見ているかのような。
「キャロルは、ビルになりたいのかい?」
「まさか! イヤよ。イヤ、イヤ。嫌嫌嫌。わたしはずっとキャロルでいたい」
 激しく首を振って狂乱の態。それから、ひどく小さい声でぼそりとこう加えるのだ。
「でも、最近なんだかよく分からなくなってきちゃった」
「都市にとらわれたものは都市になるしかない。ルーっていう女の子はね、人間としての何もかもを放り出してビルになったのさ。もし君が君のままでいたいなら人間としての自分を大事にするしかない」
「そんなの無理よ。だってもう人間である意味なんてないもの。欲しいものもない。楽しいものもない。ルーはもういない! それでも頑張って耐えてきたけど、もう無理。無理だよ」
 本格的に酔いがまわってきたのか、後半はろくにろれつも回らず、へたりと床に倒れ込んだ。猫の尾のような手足が、だらり、投げ出されている。
「……ベッドに横になろうか? アリスを暗唱してあげよう。覚えてる限りね」
 僕が言うと、彼女は小さく頷くのだった。
「瓶はどうすればいい?」
「……窓から放り投げて」
 言われたままに、立ち上がって窓を開け、そこから瓶を投げ捨てる。遙か下方でガラスの砕ける音がする。春の夜風が、酔いの回って火照った身体に心地よかった。
「おいで。風が気持ちいいよ」
「うん」
 キャロルはふらふら危なっかしい千鳥足で向かってくる。窓の向こうに倒れ込みそうになるのを支えてやる。
「ありがと」
「どういたしまして」
 僕の右隣、窓枠にもたれかかって外を眺める彼女。視線の先には都市がある。人が造った人ではない生命。無機質の生物。
「キャロル」
「なに?」
「僕としてはできれば君には人間でいて欲しいな。君とはまたセックスしたい」
 反応は無い。
 数分ほど互いに無言で風に吹かれる。窓の外の飛行機が、空の端から端まで横切ったところで、急にキャロルが口を開いた。
「ねえ、まだ?」
「なにが?」
「アリス」
「はいはい」
 ――アリスはそのとき土手の上で、姉さんのそばにすわっていたけれど、……。
「ああ、駄目だ。もう出てこない。忘れた」

        ○

 目が覚めると、すでに太陽は昇りきっていて、キッチンの方からキャロルがなにやらごちゃごちゃやっている物音が聞こえてくる。
「お兄さん、起きた?」
「まあね」
「これからどうするの?」
「どうしようかねえ。とりあえず今日はここに居る予定だよ」
「なんでよ」
「外は風が強いんだ。たぶん台風が来てるんだね、これはとてもじゃないけど出られないなあ」
「春の嵐なんて聞いたことないよ。用が無いなら出てけ」
「まあいいじゃないか。別に盗られるようなものもないだろ? 僕は無職なんだ。察しておくれよ」
「図々しい人ね」
「まあね」
 味噌の香りがただよってくる。遅れて、魚が焼け焦げるような匂い。
「なにか手伝おうか?」
「おねがい」
「あ、ところでさ」
「うん?」
「昨日はどんな夢を見たんだい?」
「……アリスが土手の上で、お姉さんのそばに座ってずっと動かない夢」

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