卵について 

 SS集。
 産卵プレイは好きでも嫌いでもない。


 無限の虚無の中心に、ぽつりと卵が浮かんでおります。『万象の卵』です。この卵が割れたとき、ひとつの世界が生まれるのです。
 しかし。
 ならば卵とは。万象を内に秘めながら、だからこそ万象になりえない哀れな卵とは。いったい何者なんでしょうね。
 無垢な少年の心よりまっさらな、媚びる乙女の柔肌よりまっしろな、どこまでもきよくまるい卵。
 その殻にひとすじ、わずかなノイズが混じりました。おお、ご覧ください。ついに「ひび」がはいりました。世界の誕生も近いでしょう。
 生まれた僕らの産声を聞きながら、卵は、いったい何を思って忘れ去られていくのでしょうね。

        ○

 夜の底に山脈が広がっている。どこまでも続く稜線が幾重にも錯綜して、嵐の海の荒れ狂う波を思わせるシルエット。降り注ぐ星の光を受けて、山々は深く静かに眠っていた。
 わけても一際高い峰に、男がひとり腰掛けている。死に絶えた荒れ地のような峰だった。辺りには草木の一本も生えていない。ただ、そこら中に転がる岩に、渇いた苔がはりついているのみだ。その苔も高山の冷たい空気にさらされ続けて、生命の持つ生温かい感触はどこにも見あたらない。
 殺伐とした冷気に囲まれて、頂に座す巨石の上、男は黄金の夜明けを待つ。瞳は暗闇になれきって、まっすぐ東を見据えている。
 男は卵を探していた。父親から頼まれたのだった。
 しかし、男は卵というものを知らなかった。
「卵。それはいったい何者なのです?」
 父に聞いた。曰く。
「卵。それは一瞬の妥協もない円の一種だ。それは生命の持つ熱の在り方の一種だ。それは白銀に、そして赤褐色に、煌々と照り映える輝きの一種だ。卵。それは万象の根源だ」
 父親の説明に、男は思い当たるものがあった。天にもっとも近い場所で、その降臨を待った。
 どれほどの時間がたったのか、やがて夜の果てから昇るものがあった。それこそが、男の待ちわびたものだった。
 太陽!
 あらゆる円よりも円く、あらゆる熱よりも熱く、あらゆる輝きよりも輝く、比類無き絶対者!
 なるほど、これぞ卵なり。
 男は燃える太陽に向かって手を伸ばした。伸ばし続けた。到底届かないように思えた距離も、次第に閉じていって。指が、太陽に、触れて。
 瞬間、男は勢い高く燃え上がった。猛る炎が身体を喰んで、ただひとつ、焼け残った頭だけが峰に転がりおちる。やがて蛆がたかり、くまなく蟲に覆われた頭は乳白色にうごめいて、その様はまるでひとつの卵のようであった。

        ○

 二重螺旋に囲まれて、卵がひとつ、笑っている。
 遺伝子は卵の哄笑に反応して動き、卵の一笑によって死ぬ。
 私はそれを知らないままに、はだかにはじらう少女を抱いた。
 
        ○

 女の腹に一本のメスが走る。フラッシュのきらめきで、一瞬、目にも鮮やかな赤い線がにじみ、すぐさま血の洪水に飲み込まれていった。血脈は命のメタファーである。よって、太陽のメタファーである心臓に依存する。
 女の腹部が開かれた。傷は性器のメタファーだ。奥にはやはり子宮が潜んで、内で赤子が踊っている。
 医者は右手にゴムをかぶせて、腹をまさぐり子を取り出した。
 赤子の小さな頭の内には、楕円の脳が静かに脈打って、
「私は卵のメタファーであります」
 と、ささやいている。
 赤子はそれが怖くて泣くのだ。

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